地域に学校の情報が入って来ない・・・

ラジオ体操が終わった。
のべ参加人数は以下の通り。

前期(9日間)187人
後期(5日間)63人
合計 250人

なかなかの好評ぶりだと思うが、これは子どもの意思で来ているのか、
親の言いなりで来ているのか、興味深い面もある。

「今日でラジオ体操は終わります。来週月曜から学校が始まります。
地域のみなさんの温かい見守りをお願いします。」

と最後〆のあいさつをしたら、子どもたちから「学校は火曜からだよ!」と
ツッコミが。
「やっくん、しっかりして!」と大人の参加者たちからもヤジが飛ぶ。

いやいや、僕のところに学校の情報は入りづらいのです。
そう、地域には学校の情報は入りにくい。
学校の行事は教えてもらいたいものだ。

もしかしたら、自治会長名には学校便りなどが届いているのかもしれない。
でも、学校ほど、自治会の組織は縦組織として、機能していない。

責任部署、担当所管へ直接、連絡してもらわなければ情報は流れない。

学校と地域、そしてPTAである家庭の三機関が顔を合わせる会合が月に1度、
あってもいいのかもしれない。
会合といっても肩を張らず、ざっくばらんに学校の様子、家庭の様子、地域の様子を
個々が伝える茶飲みであっても有意義なものになるだろう。

多様化の時代、教育も対応していくためには学校教育だけに頼らず、家庭、地域が
特に密になることが今、必要だろう。

回想

亡くなって8か月が過ぎてもおばあさんの話題が出る。
それだけ、おばあさんは話題を作った人だったのだ。

とにかく食いしん坊。食い意地はすごかった。
最後の最期まで。

そして、いつも笑っていた。怒ること、涙を流すことも珍しくなく、
喜怒哀楽の激しい人。感情をすぐに顔に出す人だった。

それでわがまま。
兄弟の末っ子ということもあったのか、
さらに早くに旦那さんを亡くしたせいか、
とにかく、わがまま。

さらに長かった闘病生活。
本当は病弱な人!?
末期がんを倒し、脳梗塞にも負けず、心筋梗塞も患った。
母曰く、病気のデパート。
それでも84歳まで生き抜いた。

みんなに助けられながらの人生だったのだ。
だからなのか、「おばあさんは・・・」という話が今も出るのだ。

諦めないこと、食べることの大切さ、人は一人では生きられないこと、人を頼ること・・・
数知れないことを教わった。

来週はお盆。
故人の話で親戚と盛り上がろうじゃないか。
天国から故人を招き、夢の中に出てくるような・・・

ゾッ

暑い日々。夜くらいは涼しく!w